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2010年12月28日

諫早湾干拓堤防道路

雲仙からの帰り道、折角諫早まで来たのだから、潮受堤防を見ていこうと言うことになり・・・



前回9月に来た時は、行きは長州港から多比良港へフェリーで渡り、帰りは雲仙越えをして小浜から長崎市内へ抜けたため、諫早干拓地へは行ってませんでした。

初めて潮受堤防道路を通りましたが、想像以上に大きな作り・・・



走行中、雪が降る中窓を開けて嫁さんに撮影してもらい・・・



堤防道路の中間地点には、パーキングがあり、展望台もあります。



風雪が凄かったため、車が停められる諫早側しか見ませんでした。




テレビで見る映像は、いわゆる『ギロチン』でした。
1997年に湾が閉め切られた際には、大きな鋼鈑が次々に落とされるシーンに衝撃を与えられました。
そのギロチンは、7キロにも及ぶ堤防道路に変わっていました。
全く予想外の風景。

『諫早湾干拓事業』

戦後の食糧難の時代に立案された諫早湾干拓は、紆余曲折を経て1985年に着手されました。

諫早湾の歴史は干拓の歴史だと言われています。
干満の差が6Mもあることにより、あの美しい干潟が出来ると同時に、洪水を引き起こす要因ともなっています。
このため、諫早湾奥部は地域の排水がどうしようもなくなると、排水改良と農地造成の2つの目的を兼ねて、 数百年も前からその都度干拓を繰り返してきました。
これまでに約3,500haほどが海から農地へと変わっていると言われています。
干拓は避けることのできないこの地方の宿命なのです。

その一方、およそ3550haの湾奥を閉め切り、約2900haもの干潟が一気に失われたことで、海水の自然浄化機能は喪失、干潟生態系は衰退し、渡り鳥は貴重な渡来地を失ったと言われています。
そして、諫早湾干拓は環境破壊をもたらす公共事業として象徴的に扱われるようになり、以来、多くの市民団体などが4月14日を「干潟を守る日」としてキャンペーンに取り組んでいるそうです。

漁業と農業、環境と防災・・・
非常に難しい問題です。


渡りきった後、諫早へ行くか、鹿島を抜け武雄へ向かうか迷いましたが、有明海岸を通ることは滅多にないので、右折して武雄へと向かいました。

多良から鹿島へ抜ける海岸線は『カキロード』と呼ばれているようで、焼き牡蠣の看板がずらーっと並んでいます。

子供が多い中で、牡蠣だけではと思っていたら、釜飯や蟹スープうどんの文字が・・・

ここなら!と思い車を停めました。




続く・・・(笑)
  


Posted by ボビー at 06:16Comments(24)